第一部 双極性障害(いわゆる躁うつ病)の概念,診断 1)双極性障害(いわゆる躁うつ病)とは
最初から双極性障害,気分障害,DSMを使うと分かりにくいので,昔から馴染みの名前・概念である,うつ病と躁うつ病から始めましょう。
うつ病≒メランコリーは昔から知られていた状態で,ヒポクラテスはそれを黒胆汁(メランコリア)のせいにしました。それに対して,興奮性の精神病≒躁病(マニー:”荒れ狂っている”が語源)が,メランコリーの人の一部に一時期現れる事もその後から知られていました。
これらは古代ギリシャの話だけど,19世紀のドイツのエミール・クレペリンが,これらを躁うつ病としてまとめました。彼はうつ状態から躁病まで含むかなり広い範囲を躁うつ病として捉え,その病因は(単一の)病的素質に起因する内因性の疾患であるとしました。
クレペリンは長い間,精神医学の教科書を1人で書き続け,初版(1883年,当時27 歳大学講師)から8版(1913年)(大学教授)まで版を重ねた人なので,概念も記載も様々に変化しています。もちろん,彼より前にも後にも研究者がいて様々な観察,仮説・病気の提唱を行ないました。
1-2)病因的分類
病因は大きく分けて内因と外因に分けられます。内因というのは本人の素質に起因する病気で,外因は外からの原因による病気の事です。外因には細菌などの感染症によるものとか,脳の器質的疾患によるもの(器質性),脳以外の器質性疾患によるもの(症候性),神経症性,心因性,反応性,中毒性とか様々な分け方があります。
身体疾患の場合はかなり原因の区別がつけやすいのですけど,精神疾患の場合は,厳密には原因を決めがたいのです。でも,葬式躁病のような例外を除いて,躁うつ病は原則として内因性で,うつ病には,内因性と外因性(神経症性,反応性うつ病など)があるとされて来ました。
その根拠は,躁うつ病とうつ病を比べた時,発症の誘因が後者に多い事,動物モデルで種々のストレス(強制スイミングなど)をかけると,比較的容易にうつ病様の病態が作り出され,抗うつ薬の薬効検定などに応用可能でしたが,どのように種々のストレスをかけても,躁うつ病のような症状を持つ動物モデルは出来なかったのでした。そこでうつ病は一般にストレスで作りうるけど,躁うつ病はストレス+素因がいるとされたのでした。
葬式躁病の場合,近親者の死という喪失体験でなぜ鬱でなく躁になったかの精神分析的解釈では,耐えがたい現実を躁になる事で否定し,自我の崩壊を保護するという躁的防衛の観点で説明しています。
また躁状態とうつ状態を引き起こす転職,転居,昇進,近親者の死,異性関係,経済的問題などのライフイベントを調べると,躁を起こすものと,鬱を起こすものは変わりがなかったのでした。つまりあるライフイベントが,躁を起こすことも,鬱を起こすこともあるのでした。ライフイベントが誘因となるのは,比較的初期の躁うつ病に多く,経過が長くなる程ライフイベントの誘因なしに気分変動がおこると言われています。
クレペリンは明らかな外因なしに鬱をくり返す内因性うつ病は,経過を追うといつか躁状態を呈すると仮定して,内因性うつ病と躁うつ病は同じ物と考えました。また,クレペリンは,躁うつ病は,統合失調症と異なり人格の荒廃に至らない事,主として気分・感情の障害である事を主張しまた。
やはり内因性の統合失調症はそれに対して,思考・意志の障害があるとしました。
二大内因性精神病として統合失調症と躁うつ病を分類したのは彼で,それは大きな業績とされます。
しかし,その後の研究で,うつ病と躁うつ病は同じでない事が,疫学的,臨床遺伝学的研究などによって明らかになって,単極性障害,双極性障害と別の疾患単位にする事が提唱されて今日に至り,DSMやICDなどの国際分類・診断体系でも踏襲されました。
すなわち単極性うつ病と双極性障害の疫学的比較をすると,有病率は10%対1%と単極性が圧倒的に多く,発症年令は双極性の方が若く20代前半で,単極性は40代と60 代にピークがあります。単極性では女性が男性の2倍なのに,双極性では性差がなく,単極性で発症の誘因が多いなどの差があります。臨床遺伝学では,双極性で家族歴(家族内発症),二卵性双生児より一卵性双生児で疾患一致率が高いことから,単極性より遺伝的要因・影響が高いようです。しかし,メンデルの法則の遺伝形式の単一遺伝子病であるハンチントン舞踏病や血友病などと異なり,完全に遺伝子だけで決定される病気ではありません。
双極I型障害の第1度親族(親,子,同胞,二卵性双生児)の発症率は1.5-15.5%で,単一遺伝子の効果としては低く,多因子遺伝としては高いことから,これらの中間の遺伝様式と考えられています。
結局,国際分類で,躁うつ病という歴史的病名は破棄され,双極性障害とうつ病性障害という2つのカテゴリーで分類される事になりました。
ここで寄り道ですが,ストレスとうつ病動物モデルの事を説明します。
寄り道されないかたは,引き続き、「2)国際分類・操作的診断基準の台頭」 へ
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