誰のためでもない、ただ自分のために
またまたきついことを書きますが、どうもにもならないこともあるものでして・・・。
双極性障害(いわゆる躁うつ病)は現在では完治がむずかしい、あるいは無理だろうと言われています。薬物療法に関しても、気分の波を穏やかにする気分安定薬による維持療法を除いては、躁鬱の増悪に関しての対処療法です。今のところは完治への薬物療法は確立されていません。また病状は個人差があるだけでなく、日照時間など季節との関連性やライフイベントなどの外因と関連性がある場合もあります。ただ自分を例にとってみると、外因とは恐らく無関係に、躁鬱の流れや症状が時として想定外に変化していく経緯を経験しています。
例えば、躁から鬱、あるいは鬱から躁、と比較的順番に病相が現れていた時期もありますが、その後、軽躁から比較的穏やかな時期を経てまた軽躁を繰り返すなど、とにかく今後の予測が難しいというのが実感です。あるいは予測を立てにくいという予測を持っているというのが、正確な表現になるかも知れません。そんな不安定な環境の中で、うまくこの病気と共生していくにはどうしたらいいのでしょうか。それは医療だけに頼ることなく、自己コントロールという発想を持つことだとわたしは思います。そして少しずつでも実践していくことが、どんなに大切なことで、また我が身を助けることになるか。
ここが肝心ですが、躁病相の自分も、鬱病相の自分も、自分に変わりはありません。だから症状が辛いからといって、病気の自分をもし嫌うなら、自分が自分自身を否定してしまうことにつながってしまいます。それは実はとても苦しいことだと思います。双極性障害の自分も自分であることは変わりはありません。自分を嫌うことは生命力や存在感を希薄にしてしまうことにつながります。
病気如何にかかわらず、自分を否定すると、人のエネルギーはとても低下してしまうのではないでしょうか。何故なら人はどこかで存在の理由を考えてしまうるところがあるからです。私見ですが、本当は生きていることに理由なんて何にもいらない。生きているだけで、それだけで、生物には存在の価値があるとわたし自身は思っています。そして、どんな自分だって、かけがえのない大切な自分自身、唯一の存在であること、これは紛れもない事実です。
次は「誰も自分からは逃れられない」です。